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旧石井県令私邸 旧遠山准看護高等専修学校の概要

旧石井県令私邸
旧遠山准看護高等専修学校の概要

和館に洋館が付く明治初期—鹿鳴館時代—の貴重な近代住宅形式で、盛岡市に現存する最古—明治18年着工20年頃完成—の煉瓦造の洋風建築として昭和52年に盛岡市指定保存建造物となった。
  建築主  石井省一郎
  所在地  盛岡市清水町7番51号
  建築年代 明治20年頃
  構造型式 和館—木造平屋建、隣家望月邸の和室部
       分として残存。洋館—煉瓦組積造、半地  
       階地上2階、屋根裏部屋の4層
  面積   469㎡(142坪)
       屋根裏部屋153㎡(46坪)

1、建物の変遷
盛岡に着任した明治17年11月、下の橋際の盛岡監獄から出火した河南大火で鷹匠小路にあった官舎(新渡戸稲造生家)が焼失した。その翌18年に私邸として着工された。本宅は東京市芝区高輪台37番地で、この私邸完成頃には本籍をここに移し、東京の家は「石井控家」とした。茨城県知事以降は別邸として使用していた。昭和20年進駐軍に接収され、茶室は東京に移築され、合同宿舎がたてられた。返還後は横浜勉(旧第九十銀行設計者)、山田薫らにより県に保存を働きかけ、一時岩手県文書庫として利用された。その後、恩賜財団済生会が買い取り、盛岡産院として利用、山本バレー団の教習所にも利用された。昭和42年遠山富男、美知夫妻の努力により、医療法人遠山病院が買い取り、48年遠山准看護高等専修学校として使用されてきた。
2、建築年代
河南大火後、盛岡監獄は、翌明治18年5月に狐森(現前九年2丁目)に着工した。同年「上衆小路に純洋式の官舎を建築中」(鈴木彦次郎)。19年9月に内務大臣山縣有明伯爵が来盛時に夫人だけが訪問している。これが19年説の根拠であろう。翌日、山縣伯爵は監獄本署を訪れている。こちらは18年11月には未決監を移し、建物を部分的に使用しながら、20年6月に完成している。監獄本署の建物はすべて木造で、高塀のみが煉瓦造だった。当時本格的な煉瓦造は2年以上の工期がかかっており、私邸として洋館も含めた完成は盛岡監獄の完成した20年であろう。
3、家敷地   
旧上衆小路の旧藩士家敷も河南大火で焼失し、その跡地を購入したと思われる。同時期瀬川安五郎も餌差小路の赤金御殿から移り現南昌荘を建設している。正門は旧上衆小路、裏は清水小路、南側は湧水が湧き池となり、大清水から鉈屋町裏にながれる水路、に面していた。明治後半には上衆小路側は、旧金田一邸(旧盛岡銀行頭取、現南昌荘、現盛信の蔵は金田一の米蔵で数棟あった)に面して、水路側は太田惣六邸(旧盛岡銀行支配人、現キンダーホーム)に接していた。
4、監獄煉瓦
瀬川氏が母からきたと言う「盛岡の監獄に入っていた赤い(朱色のことか)服を着た囚人たちの手で出来たもの」。当時の監獄は府県支弁で建築され、移転新築までの間、収容されていた未決囚は新築に要する煉瓦の製造、運搬及び煉瓦積み等の労務に服役させられたという。今回の調査で屋根裏の床板の下板うえに敷かれた和紙が、監獄の使役書類であったことも盛岡監獄との関係を示している。盛岡では、煉瓦の大量生産が始まってなく監獄煉瓦が使用されたのは間違いない。監獄本署の煉瓦積はフランス済積、石井邸はオランダorイギリス積である。蛇腹の積出しバンドは共通している。
5、今回以前の改修経歴
進駐軍から返還後、和館と洋館は所有者が別々になり、和館部は洋館との接続部が2階建てに改築された。また、玄関部は階段上の扉まで外部であったが、新しく外側に扉が新設され風除室となっている。1階左側の部屋は現在は便所となっているが、以前産院時代にバスルームに改変され、もともとは玄関待合だったようだ。入って左側の小部屋は書斎、隣の大きい部屋は応接室、窓口を持つ階段側の部屋は食堂だった。2階は客用の諸室と金庫、屋根裏は使用人、倉庫だったようだ。地階は和館との迷路上につながり、厨房等の水廻り、倉庫等であったようだ。戦後の改修部分は次の通り。
■外壁  保存指定直後の改修で、構造用煉瓦の上砂漆喰塗の当初の仕上から、現在のモルタル塗リシン吹付になっている。このため塗厚が厚くなり角隅部石積の面より10ミリ程出ており、蛇腹部も大きくなっている。当初は10ミリ程度の塗厚で石の面内で納まっていた。
■開口部  外壁と同時期に、現在の木製2重窓に変わっている。地階の開口部はふさがれている。外側は木製鎧戸だった。
■屋根 もとは和瓦葺であったが、戦後赤いトタン葺きに変わっている。その後現在の長尺カラー鉄板に改修されている。
■内部
・地階—タイル張り部と1階現便所部は産院の時代に水廻りとして整備されたのではなかろうか。また、和館との通路はふさがれている。地階がロッカー室等に内装工事され、その際、1階床組も改修がされた。
・1、2階—2階中央の部屋と1階天井以外は漆喰壁(壁紙張り)からモルタル下地塗装に改修されている。木部は部分的に補修されている。              (渡辺敏男)

この、旧石井県令私邸、旧遠山准看護高等専修学校の概要は、県令邸の資料室に展示されております。
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by kenreitei | 2011-09-24 21:14
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旧石井県令邸とは?現在の県知事にあたる、第二代石井省一郎県令の私邸の洋館として、明治18~19年に建設されました。盛岡で最も古い本格的な煉瓦造の洋館で、全国的に見ても最初期のものです。


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